前向き抱っこにはメリットが本当にあるのか?

ベビーラップで前向き抱っこされる赤ちゃん

街中で見かけることが多く、抱っこの相談会でも質問されることの多い「前向きの抱っこ」には、どんな注意点があるでしょうか?
世界に誇れる豊かなおんぶ文化をもつ日本においても、抱っこ紐が主流となった今では、前向き抱っこを推奨するメーカーが増えた影響から「周りが見えると赤ちゃんが喜んでくれるはず」と肯定的に考える人が多いようです。一方、ヨーロッパでは否定的に捉えられることが多く、前向き抱っこは日常的な使用に適しているか、赤ちゃんにとって快適なのか、と疑問視する声があります。

この記事では、今まで日本ではあまり語られることの無かった「前向き抱っこ」の注意点、メリットとデメリットについて解説します。

1. 発達にみあう抱き方の選び方

生まれたばかりの赤ちゃんは、聴覚と触覚に頼って周囲を認識をしていますが、徐々に視力が発達し、首もすわると見えるものに興味をもちはじめます。また、寝返りの準備運動として体幹筋肉を鍛えようとし、抱っこ紐の中から身体を乗り出したり、反り返ったりすることもあります。赤ちゃんが対面抱っこを嫌がるというふうに感じとる親もいますが、必ずしもそうではありません。赤ちゃんの発達や成長の過程ではよく起こることで、おんぶや腰抱きなど抱き方を変えれば解決できることがほとんどです。抱っこ紐による前向き抱っこはデメリットも多くあり、よい選択肢ではありません。

抱っこ紐やおんぶ紐を使用する時、どの抱き方にも共通した赤ちゃんの姿勢のポイントがあります。

赤ちゃんの正しい抱っこ姿勢

✓ 深く座ったM字の開脚
✓ 背骨の緩やかなし字カーブ
✓ ぴったり密着して高い位置で抱かれること
手の位置は上を向けてあげることです。

新生児期の対面抱っこから、腰抱きやおんぶまで、気を付けるべき基本的なチェックポイントを満たすことで、赤ちゃんにとって快適なベビーウェアリングを楽しむことができます。

前向きの素手抱っこはM字姿勢を保ち、親子の対話で周囲を見せるのにぜひ取り入れてほしい抱き方ではありますが、抱っこ紐での前向き抱っことなれば快適な抱っこ姿勢の要件を満たすことは簡単ではありません。もし前向き抱っこをする必要性がある場合は注意深く抱っこ紐を選び、姿勢に気をつけながら抱っこをしなければなりません。
赤ちゃんも大人も快適に過ごすには、腰抱きやおんぶがベストです。腰抱きやおんぶなら、周りを見渡すこともできて、疲れたら大人の身体に寄り添って休むことができます。

2. 赤ちゃんにとっての前向き抱っこの6つのデメリット

前向き抱っこで赤ちゃんの足がまっすぐにぶら下がる入れスト

①  脚がまっすぐにぶら下がる

抱っこ紐の形状やサイズが合わない場合、赤ちゃんは脚がぶら下がったままの抱っこを強いられます。特に、股幅の狭い抱っこ紐での前向き抱っこは避けましょう。また、対面抱っこの時に股幅が合う抱っこ紐も、前向き抱っこでは合わないこともあるので注意が必要です。
脚がまっすぐにぶら下がった抱っこにはどんな問題点があるでしょう。

(1) 股関節形成不全のリスクが高まる

新生児の股関節はまだ軟骨の状態で柔らかいので、生後6か月ごろまでに徐々に骨化していきます。その成熟過程のなかで脚を開脚したM字姿勢で抱っこし、股関節を理想的な角度で保つことが重要です。脚がまっすぐぶら下がった抱っこが長時間続くと、股関節に一方的な負担がかかり、発育性股関節形成不全のリスクが高まります。

(2) 子どもの性器が圧迫される

M字の姿勢で抱っこされる赤ちゃんの体重はオムツに包まれているお尻に分散されるのに対して、脚がまっすぐぶら下がった姿勢では、赤ちゃんの体重により股関節や恥骨・精巣に負担がかかります。

(3) 快適ではない

座面の高いバーチェアなどに座っているとき、足がフットレストにつかない経験はしたことがありませんか。自分で正しい姿勢を保ちにくく、腰痛や足のむくみが生じやすいです。自分がこんな風に足がぶら下がったままの姿勢を強いられたとしたら、快適と言えるでしょうか?

前向き抱っこで背骨が反り返り姿勢を強いられる赤ちゃんのイラスト

② 背骨への圧迫

対面だっこやおんぶでは、赤ちゃんは大人の身体にしがみつくような姿勢をとります。この時、M字姿勢で背中は「し」の字カーブを描きます。このように対面の抱っこやおんぶ姿勢では、体幹筋肉がまだ弱い赤ちゃんも重い頭を大人の身体に預けることができるため、背骨や骨盤への圧迫を心配することはありません。
前向き抱っこでよく使われる股幅の狭いタイプの抱っこ紐は、脚はまっすぐに下がると同時に背骨は背筋をまっすぐに伸ばした姿勢を強いられます。
腰や骨盤をはじめ、未熟な背骨に力が加わることで、構造的に大きな変化が生じます。
様々な抱っこ紐メーカーもこの問題点に着目し、『前向き抱っこでM字姿勢をサポートできる』と訴求する商品が増えています。
しかし、前向き抱っこでは赤ちゃんがしがみつく場所がなく、大人の身体との接地面積は小さいため、不安定な姿勢になりやすいです。
対面抱っこやおんぶでは、大人の身体に体幹や手が触れて体重分散し、赤ちゃんは自分でバランスを取りやすくなりますが、前向き抱っこではそのようにバランスを取ることはとても難しいです。

③ 頭が支えられない

おんぶされて気持ちよく眠っている赤ちゃん

生後5ヶ月以上の赤ちゃんでも、前向き抱っこでは頭を大人に預けることが出来ず、リラックスできません。生理学的に正しい姿勢で対面抱っこやおんぶをされている時は、眠くなれば安心して大人に頭を預けてリラックスできます。
疲れていれば、眠る、泣く、などのサインを出すだろうと考える方は多いかもしれませんが、「無表情」も疲れている時のひとつのサインです。体幹が未発達の段階での前向き抱っこは、重たい頭を自分だけで支えなければならないため、赤ちゃんにとって相当な負担であることが想像できます。
また、眠ってしまった時には気道を確保する観点から必ず対面抱っこに切り替えましょう。

抱っこ紐で前向き抱っこされる赤ちゃん

④ 手と口と目の協調を妨げる

子どもの発達において、手の発達は全身の運動発達と深く結びついています。生後4か月頃になると、おもちゃを握り、手に持っているものを口に入れようとし始めます。 寝返りを打てるようになる頃は、おもちゃを別の手に持ち替えることができるようになり、両手が加わってきます。生後6か月頃は目と手の協調能力は獲得しているので、赤ちゃんは次の段階である細かい運動機能と技能、つまり高度な目と手の協調能力を発達させていきます。
前向き抱っこでは、赤ちゃんの肩が後ろへ引っ張られており、腕は両側表情に広がり、自由に動かすことができません。手と口と目の協調を妨げる姿勢とわかります。

⑤ 親とのアイコンタクトが取れない

赤ちゃんにとって、アイコンタクトはとても重要な意味があります。1歳頃の子どもが、初めてのおもちゃを見つけた時、ママの顔を確認してその表情や声を手がかりにおもちゃを「触る」か「触らない」かを決めることがあります。これは社会的参照といって、安全?危険?など、大人の表情の意味を読み取り自分の行動をコントロールすることです。実は、これはもっともっと小さな頃からの学習の積み重ねにより表れるもので、赤ちゃんは生後間も無くから大人の表情や行動を見つめ社会性を育んでいます。
このように年齢や月齢が小さければ小さいほど、ことばによるコミュニケーション以上に、表情やスキンシップなどの非言語的なコミュニケーションが重要となります。前向き抱っこでは、大人の表情は赤ちゃんから見えません。
新生児期からの対面抱っこ、周りを見渡しながらアイコンタクトのとれる腰抱きは、親の顔が見える安心感はもちろん社会性の学習機会にもなります。おんぶでは大人の顔は見えませんが、高い位置でおぶうことで大人の手元や視線は赤ちゃんからよく見ることができます。

⑥ 強すぎる刺激

音や光など刺激の強すぎる場所での前向き抱っこは、夜泣きの原因となることがあります。大人の場合は、例えば犬の鳴き声や車のエンジン音など、外部からの音刺激は、脳のフィルターを通り、認識されたり、遮断されたりします。小さな赤ちゃんの脳はまだ未熟のため情報をふるいにかけることはできません。前向き抱っこされると多くの刺激に圧倒され、まだ自分自身で落ち着かせることができません。
対面抱っこされる赤ちゃんは疲れたとき親の胸で休み、身体をリラックスできますが、前向き抱っこでは赤ちゃんの独力で刺激を回避できません。親は赤ちゃんの表情を観察できないため、微妙な表情の変化、疲れ、不快感などのサインに気づきにくいです。
また、前向き抱っこされる赤ちゃんがみる景色は本当に見晴らしがいいでしょうか。オーストリアの抱っこ紐メーカー、ブツィディルが平日の商店街で赤ちゃん人形と行った実験を紹介します。前向き抱っこされる赤ちゃんはどのような視界をみるのか、こちらの動画でご覧ください。

前向き抱っこされる赤ちゃんが本当にみる景色は?

赤ちゃんがみているのは、歩行者のお腹、鞄、そしてお尻です。赤ちゃんが首をずっと後ろに反らない限り、周囲をしっかり観ることはできません。また、前向き抱っこで歩く時、抱っこしている大人の歩くスピードはさほど速くないかもしれませんが、場所がショッピングモールなど人混みの中ならどうでしょうか。自分達が進む速度だけでなく、向こう側から歩いてくる大人の動く速度も加わります。つまり、このような場所での前向き抱っこは、赤ちゃんにとっての学習にはなりません。
前向き抱っこでによる強烈な刺激を防ぐためのポイント:

  • 生後5か月未満の前向き抱っこは厳禁です。
  • 長くても20分以内、赤ちゃんに見せたい美しい景色などを対話しながら行いましょう
  • 人込みの多いショッピングセンター、商店街などで前向き抱っこはしない
  • 赤ちゃんの様子をよく観察し、不快のサインが表れたらすぐに対面抱っこに切り替えましょう

3. 大人にとっての前向き抱っこのデメリット

赤ちゃんが大人にしがみつくような姿勢の対面抱っこやおんぶと比較して、前向き抱っこは赤ちゃんと大人の重心が離れやすいです。そのため、他の抱き方よりも大人の身体にかかる負担は大きくなります。さらに、親子のアイコンタクトは取りにくく、お互いの表情が見えずコミュニケーションは生まれにくい抱き方です。感染症対策の観点では、赤ちゃんを感染からは守りにくい抱き方だと考えられるなど、デメリットは意外と多いです。

カンガルー抱きで赤ちゃんをスリングで前向き抱っこ

4. スリングの前向き抱き(カンガルー抱き)の注意点

スリングの中に脚を折りたたんだまま抱き入れる前向き抱っこは、過度の屈曲により、股関節への血流が障害されやすくなります。また、手足の自然な動きを妨げるため、赤ちゃんの発達段階のプロセスにおいてメリットはありません。足部奇形や股関節形成不全の赤ちゃんにとっては危険な抱き方となるため、このような使い方はしないようにご注意ください。

5. 前向き抱っこのメリット

特別支援の必要な赤ちゃんの中には、おんぶや腰抱きがしにくい場合があります。そのような時に、適切な姿勢と使用方法での前向き抱っこが、発達を促すケースがあります。視界の広がる点は前向き抱っこの特徴です。視覚から、赤ちゃんの好奇心を刺激することができる点、「もっと見たい、何だろう」という好奇心から体幹や筋肉を刺激することができる点を療育に生かすことがあります。
このようなメリットは、適切な姿勢、使用方法が守られていてはじめて得られるもので、抱っこ紐が赤ちゃんに合っていない場合や抱き方がうまくいっていない場合にはほとんどメリットはなくなってしまうので、注意が必要です。
また、養育者が車椅子で移動している場合におんぶはできませんが、代わりに前向き抱っこができます。大人が座っているので、赤ちゃんのM字を保ちやすくなり、歩いて移動するのとは条件が変わります。

6. 前向き抱っこ以外のおすすめの抱き方

赤ちゃんに外の景色を見せてあげたい!最近、対面抱っこを嫌がるようになって困っている。そんな時におすすめなのは、親子でアイコンタクトを取りながら周りを見渡せる腰抱きや、大人の手元がよく見えるおんぶです!赤ちゃんのニーズを満たしながら大人も快適に、親子が寄り添いながらコミュニケーションを増やすことができます。疲れた時や見たくない時は大人の身体に顔を隠し、そのままお昼寝をすることもできて、時間の制限もありません。ぜひ、ご自分と赤ちゃんに合うベビーウェアリングで子育てを楽しんでくださいね。

ベビーラップ、抱っこ紐やスリングのディディモス

 

7. 前向き抱っこをしたい時に気をつけることは?

① 対象月齢(生後5か月以降)
生後5ヶ月未満の前向き抱っこは絶対に避けましょう。前向き抱っこができるのは、早くて5ヶ月以降で、首が完全にすわっている赤ちゃんであることが条件です。

② 前向き抱っこができる抱っこ紐の条件
赤ちゃんのM字姿勢を保持できて、背当て高さが赤ちゃんの身長に合っている抱っこ紐を選びましょう。脚がぶら下がっている、胸が出ている、顔が隠れて見えない、など赤ちゃんの身体に合わない抱っこ紐の前向き抱っこは避けましょう。
さらに、大人の身体に合う抱っこ紐でなければ、それが赤ちゃんの姿勢にも影響します。ウエストや体格に合っていて、赤ちゃんを抱く位置が低過ぎないかどうか、しっかり体重分散をできるかどうかも確認しましょう。

③ 前向き抱っこに相応しいシーンや制限時間、NGのシーン
動物園や山、海など自然豊かな場所で、素手抱っこと同じようなM字姿勢を保てる抱っこ紐で短時間、前向きに抱っこすることは赤ちゃんによい刺激を与えるでしょう。
一方で、移動手段としての前向き抱っこはデメリットの方が多くなります。前向き抱っこは、赤ちゃんの首がすわり、景色を楽しみたい時に適しています。そのためには赤ちゃんの自発的な好奇心が生まれている必要があり、前向き抱っこが適しているか注意深く観察する必要があります。機嫌が悪い、無表情、目や耳をこするなど疲れが見える場合はすぐに対面抱っこに切り替えましょう。

④ 全体的な注意

赤ちゃんが疲れていることは一見分かりにくいことがあります。また、赤ちゃんも疲れるなんて、そんな風に思いもしなかったという方もいるかもしれません。赤ちゃんがご機嫌悪そうにし始めたり、泣いている時、すでに疲れ過ぎていることがあります。そうなる前に気が付けるよう、前向き抱っこ中はできるだけ赤ちゃんの様子を確認し、過剰な刺激にならないように、様子を観察しましょう。

8. 抱っこに関するよくある質問

前向き抱っこは発達障害を持つ赤ちゃんにとってどんなメリットがある?

月齢が進んでも首がすわらず自身で安定した姿勢を保持できない乳児にとって、視覚的な刺激の多い前向き抱っこが効果を発揮したという報告があります。 また、視力が弱くメガネを必要とする赤ちゃんの対面抱きやおんぶは、物理的に難しいため、前向き抱っこが有効な場合があります。

前向き抱っこはいつからできる?

適切なM字姿勢を保ち、大人に密着して身体を預けられる抱っこ紐での前向き抱っこなら、生後5ヶ月以降は可能です。しかし、長時間の前向き抱っこや刺激が強すぎる場所は避けましょう。赤ちゃんがご機嫌よく起きている時に公園、自然の景色、おうちのなかなどの場所を選び、20分以内と時間を限定して行うのが望ましいです。

前向き抱っこ紐の選び方の注意点は?

対面抱きでサイズの合う抱っこ紐であっても、前向き抱っこも同様にフィットする抱っこ紐とは限りません。前向き抱っこの姿勢で、お尻よりも膝が高い位置のM字開脚姿勢を保てる抱っこ紐を選びましょう。特に、赤ちゃんの座る部分の股幅が狭い抱っこ紐は、赤ちゃんの性器を圧迫する可能性が高いため使用は避けてください。

前向き抱っこで赤ちゃんが寝た場合は?

対面抱っこに戻してください。

スリングのカンガルー抱きはいつから?

不自然に折り畳まれた脚の上に体重がかかり、血流障害や足部奇形、股関節への負担が懸念されます。月齢を問わず、スリングの前向き抱っこは危険なので、絶対にしないでください。

出典

Kirkilionis, Evelyn: A Baby Wants to be Carried: Everything you need to know about baby carriers and the benefits of babywearing, Pinter & Martin 2014
Is the fuss about facing out in slings justified or not? Read more about this controversy here from Rosie at Carrying Matters
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